インサイト 2018-05-09

体験価値の向上とかコト志向って、みんな言うけど実際は『どうすれば良い 』の?:山居 菜穂絵

yamai

インサイト(Insight) : 洞察、見識、知見

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個人的に市場(いちば)が好きです。近所で開かれる骨董市やフリマ、作り手の顔が見える青空マーケットなど。旅行先でも地元の小さな商店が集まる賑やかな場所に足が向きます。屋外の解放感とぶらぶら歩きの楽しさ、雑多で個性的な店や人など、目的がなく行っても新しい発見や出会いが楽しめ、気が付けば何かを買っています。
若いころからモノ好きで買い物好きな私ですが、普段のショッピングではいつのまにかこうしたワクワク感を感じられなくなっています。

作業になってしまった買い物体験

ここ数年のSCやファッションビルは、どこへ行っても同じ店が目につき施設の同質化が目立ちます。また、似たテイストの商品が分散しているため欲しいものを探して広い館内を歩き回り目的の商品が見つからなかったときには徒労感だけが残ります。
一方、ECでは品揃えが無限にあり、比較検討してベストの商品を手に入れようとすると時間ばかりが過ぎていきます。ネットで検索しているうちに本当に欲しかったのかどうかもわからなくなり、買うこと自体が面倒になってしまった経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

半日かけて大型商業施設で商品探しをしたり、長時間スマホで検索や口コミチェックをしたり、いつから買い物は疲れを伴う「作業」になってしまったのでしょう。
こうした作業的買い物への反動からか、ECでは生活者に「選ばせない」サービスが支持され、新たな買い物体験として広がりをみせているのは、前回のインサイトで指摘された通りです。
では、リアル店舗ではどうでしょうか?その答えを探しに、いくつか新しい商業施設を見に行ってきました。

街歩きの楽しさを演出する商業施設

先日オープンした「東京ミッドタウン日比谷」は低層階の導線が特徴的でした。物販テナントゾーンの1階から3階までは吹き抜けのアトリウムになっており、それをドーナツ状に囲むように店舗が配置されています。エスカレーターを中心とした曲線的な導線は全体を見渡せることでストレスなく回遊でき、屋外の緑が見える開放的なガラス壁面側には休憩できるベンチが置かれています。商業施設にありがちな閉鎖された館内環境や直線的導線と比較して、ゆったりと落ち着いて歩ける快適な空間がとても贅沢に感じられました。

吹き抜け+ドーナツ状の店舗配置で、どのフロアからでも全体を見渡せる

実験的な新業態も目立ちました。コスメと食の組合せで「インナービューティー(体の内側からの美)」を表現した「REVIVE KITCHEN THREE HIBIYA」、主役の車よりも雑貨とカフェを前面に押し出した「LEXUS MEETS…」等。いずれもその場で主力商品を売るよりも、ブランドの世界観を表現し、馴染みのない人にも立ち寄ってもらい滞留時間を長くすることを主軸に置いた店舗です。

特に、有隣堂書店の「HIBIYA CENTRAL MARKET」では今までにない試みが見られました。9つの店による複合店舗で、237坪の中は昭和レトロな街を再現した造りになっています。小さな眼鏡店、理容店、アパレル、ビンテージ雑貨と、路地を歩くように店内に入っていくと、奥には居酒屋まで現れます。有隣堂の本は、雑貨ショップの本棚の中やコーヒースタンドに点在していました。
街歩きの楽しさを1テナントの中で演出し、さらに1つ1つの店は大企業ではなく、北海道から九州までの個人店主が営む「知る人ぞ知る個性的な名店」を集めています。オープンしたばかりということもありますが、若い女性グループや熟年カップルなど幅広い客層が集まり、街の市場のような賑わいを見せていました。

商店街の入口のようなファサード/路地のような通路が期待感を高める

少々古い施設になりますが高架下商業施設のはしりとなった秋葉原の「2k540」にも同様の雰囲気を感じます。どこかの街に迷い込んだような独特の空気感があり、個人作家やものづくり企業によるアイテムは「ここでしか手に入らないかも」といった気持ちにさせ、店のスタッフが語るうんちくに溢れたオタク的商品説明が衝動買いを促します。

実店舗にわざわざ足を運んでもらうためには、以下のようなコトが求められていることを実感しました。

・リアルな場でしか味わえない空気感
・自宅よりも快適にすごせる空間とストレスのない導線
・パートナーや友人と一緒に楽しめる環境
・こだわりの強いアイテムやサービスとの新たな出会い
・売り手の個性や深く専門的な知識

何よりも「行って楽しかった」という体験や「何か新しい発見があるかも」とう期待感が次回の来店動機になるのではないでしょうか。

実店舗の強みはモノと体験の同時提供

より日常性の高い食分野でも「グローサラント」という新業態が注目されています。「グローサリーストア」と「レストラン」を掛け合わせた造語で、食品スーパーに並ぶ食材を、隣接するレストランで調理して提供する複合業態です。精肉売場の牛肉を使ったステーキや、旬野菜やオリジナルソースを使ったパスタ等、店がおすすめする食材の美味しさを実感することで、気に入った食材を食事後に購入するといった顧客の行動も期待できます。このようにモノと体験をセットにして提供できるのは実店舗ならではの強みです。

体験はリアルなものだけとは限りません。「ヨウジヤマモト」はパリコレのランウェイを目の前で見ているかのようなVR体験を、「ZARA」はモデルが新作を着用した様子が自分の端末に現れるAR体験を、といった具合にVR/AR技術を使った新たな試みがアパレル店舗では広がっています。アバターを使ったバーチャルフィッティングによるオーダーも紳士服専門店で浸透してきました。こうした取り組みはまだ実験段階のようにも見えますが、単なる効率化ではなく顧客の店舗体験を豊かにするデジタル施策は、今後の業態開発には欠かせないものとなるでしょう。

良いモノを並べるだけでは顧客に足を運んでもらえない今、空間作り、個性的なスタッフ、新たな複合業態、デジタル施策と、手法は様々ですが店舗の体験価値を高めることが、これからのリアル店舗に求められることは間違いありません。商業施設が街の市場のようにワクワクとした楽しみをもたらす場所になり特に目的がなくても行けるような娯楽施設のひとつになってほしいと切に願っています。

山居 菜穂絵

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