インサイト 2018-03-28

思考を妨げない言葉とデバイス~「生産性XX」と「スマホ」を捨てれば日本人は変わる!:樋口 進

higuchi

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イノベーション競争に遅れを取る日本社会のなぜ?

IoTやAI、ロボット、ドローン、自動運転車、医療分野では認知症、癌、糖尿病の根治への試みなど、様々な技術分野でイノベーション推進が盛り上がっている。しかし、その一方で国家という枠組みだったり、組織という枠組み、そして長らく続いてきた資本主義という枠組みが制度疲労を起こして、きしむ音をたてている。その傾向は中国やインド、アジア、アフリカなどの新興国よりも特に欧米と日本において顕著のように見える。

特に筆者が国内を見ていて気になるのは、政治、官僚制度、メディアの在り方がおかしくなってきた背景として、それらを支える価値のものさしが損なわれて、だれも何物も肯定できずに疲弊しているように見えることだ。この状態に対して、これは『XXが悪い』といっても詮無いことだと筆者は考える。どうすれば良いのか?スモールアイディアを出すべきだろう。
まずは、少しでも居心地がよく、ポジティブな考え方ができるようになるには、どうすべきか?ここ数回の記事で考えてみたい。

『生産性』という言葉が大きな誤解を生んでいる?

今、書店のビジネス本棚を眺めると、『生産性を上げる仕事術』『生産性を上げないと生き残れない』などの言葉が飛び交っている。
働き方改革の旗印の下、生産性アップという言葉が印籠のようになっているのだ。
しかし、実はこの『生産性』という言葉が曲者だと筆者は考える。特に『ホワイトカラーの生産性』と表現されるときに、どうも日本人の中に誤解が生まれる気がしてしまうのだ。
生産性の語源は英語のProductivityである。Productの派生語なので、どうしても『工業生産物,製品 』というイメージが付きまとう。平たく言えば、二次産業=製造業、工業、工場のイメージだ。なので日本で生産性アップという掛け声を上げると、それは高度経済成長時代のトヨタ他の自動車産業、マスプロダクトのオートメーション化による製造効率アップのイメージが付きまとう。
これは例えば、シリコンバレーの研究所やラボにおいて、試行錯誤や創意工夫を繰り返して全く新しい価値や特許技術を生み出すというイメージ……とは全く対極だ。

どちらかというとそれは短時間で量をこなす…というイメージであり、新しい価値や質の高いものを効果的に生み出すことのイメージは薄い。
技術が成熟してオートメーションは全てAIやロボットで代替できる時代になると、生産性は、新しいものを生み出す、質を高める、変革を促すというようにシフトする。
そうなると、日本語の『生産性』という言葉はどうも似つかわしくない。この言葉はコストダウンや労力削減・時短のイメージが強すぎるからだ。

本来の意味を表す、質・価値の向上+新しい価値の創造+そのプロセスの効率化 を現せる言葉に、今すぐに置き換えるべきだと筆者は考える。
といっても、そのような都合の良い言葉はなかなかない。語感はちょっと変だが試しに創造性の語感に少し近い『創出性』や『創発性』という言葉に置き換えてみよう。

君は仕事の組み立てが悪くてムダな仕事ばかりしているから生産性が低いんだ。
↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓
君は仕事のゴールとシナリオを考えずに行き当たりばったりだから創出性が低いんだ。

もうひとつやってみる。

生産性を高めるためには、システムやAIに任せる部分は徹底的に任せてタスクをショートカットしよう。
↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓
創出性を高めるために、早い段階からプロトタイプを柔軟に作り直して本当の顧客ニーズを突き詰めて探す工夫をしよう。

いかが感じたろうか?
語感のニュアンスに合わせて文章も変えてしまっているが、『働き方改革』のイメージが従来とは違って見えてくるのではないだろうか?

効率化⇒ショートカットのプロセスや、不要業務削減、機械化などによって業務負担やコストを減らすこと
価値創造⇒機械化や自動化では改善できない新しい価値や質を発想と研究によって生み出すこと。創造性。

どんな小さな業務改善でも、既存のものさしの中での早く短くローコストで仕事をするのは不可能で、そこには必ず小さなイノベーションやブレイクスルー=創意工夫があるはずだ。
…なのだが日本語の語感の『生産性』には、一つのものさし(KPI)を短時間・省力・省コストで達成する、というイメージが付き纏いものさしそのものを変えるというイメージはない。そこが生産性という翻訳語のデメリットだ。

『スマホ』の視野の狭さが、狭量さと脳(思考)の萎縮を生み出した!

さて、今回はもうひとつ筆者が気になっているスマートフォンの功罪について言及する。
生活者の間で、パソコンとスマートフォンとの位置づけが逆転してもう数年が経過した。普通に考えると、フューチャーフォン(ガラケー)がスマートフォンに置き換わったと捉える方が多いと思われるが、それだけならば筆者はこれほど危惧をいだかない。
問題なのは、PCがあまり使われなくなり、スマートフォンが肌身離さず人々の手に置かれるようになったことだ。
何が問題なのだろうか?
一例として、東北大学教授による仙台市の中学生の調査記事をとりあげよう。

・携帯・スマホを使用する時間の長いほど成績が下がり、LINE等をまったく使わないグループと4時間以上使うグループでは偏差値で10以上の差が出る
・ゲームに限らず、学習中に音楽を聴いても、LINE等を操作しても、アプリの数が多ければ多いほど、成績が低下することが判明
・スマホ等の使用を開始すると良かった成績が低下し、逆に使用を止めると成績が向上する
・もともと成績の低い生徒達のスマホへの親和性が高いのではなく、スマホ等を使用しているから学力が低下している
出典元リンク

地域や年代において局所的な調査なのでこれを全て鵜呑みにするわけではないが、考えさせられた。
そして筆者が考えるスマートフォンがヒトの思考に与える問題点は以下のようなものだ。


●画面が狭いために視野も狭くなる
●集中することで周囲への関心や観察力が薄れる。
●実はマルチタスクが難しい。TVなどと違ってながら見ができない
●画面自体に選択肢が少なく、定型的なためインタラクティビティが弱い
●UIが貧弱なため多面的な判断・多面的な思考をドライブしない。
●コンテンツやデータの全体像を見渡せない
●AR操作は除いて、他のツールや画面との同時使用が難しい。

特に日本人を含む東洋人は、欧米人と異なり、極端にスマホを注視し続けるという行動が観察されてもいる。
これは外向きのコミュニケーションが上手でないことに起因してるだろう。まさに、カフェや駅で周囲を冷静に見渡してみると、ビジネスマンもOLも主婦層もみんなスマホにどっぷりだ。
『歩きスマホは止めましょう』の駅の標語ではないが、スマートフォンの弊害は以下のように日本人の心理や思考の深いところまで行ってしまう危険をはらんでいる。

筆者が感じるスマートフォンに見入ることの思考デメリット

スマホがデバイスとして劣っているということではない。使い方が間違っているという視点だ。
スマホはコンパクトなので操作する持ち歩く道具としては優れているが、
眺め続ける・観察する・目と耳から刺激を受ける、そしてインタラクティブなフィードバックを受けるためのツールとしてはあまりにもプアだ。
なので本来はもっと空間化されたデバイスが必要だ。
『空間化された』という意味は、生活者の移動する空間に立体的に配置され、的確なタイムラインでコンテンツが配信されるデバイスという意味だ。
将来的にはフォログラム、今はプロジェクトションマッピングやゴーグルデバイスや大型デジタルスクリーンでも良い。いずれも立体的に配置され、シームレスな同期が必要だろう。

さらにもう一つのポイントは、広告畑の人たちはそれをメディアと呼ぶが、スマホ自体ははメディアにはなりずらいということだ。
なぜならば、その狭い画面はユーザーの完全なコントラブル領域で、唐突な想像外の提示・提案が喜ばれないからだ。
スマホの中で商品やサービスを売り込むには、生活者が欲しいと思うコンテンツの設え(ネイティブ広告)にしなければならない。しかしそうなると商品そのものをアピールするのは至難の業だ。
メディアとして存在しようとするならば、ユーザーに寄り過ぎるとニーズとPushコンテンツの間に乖離が生じるということだ。


スマホは見る・読むのは止めて、操作に使うだけにしよう。
見るのはもっと外。大画面や空間や環境・風景であるべし。

シンクエージェントは、ここ3年ほど、そのことを検討し、社会の中で大きな画面、空間を眺めることをできる環境を作ろうと試みてきた。
最後は宣伝になってしまうが、弊社が提案している次世代のソリューションへの参照を含めよう。
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主席コンサルタント

樋口 進

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